海の果ての果て。

海の果ての果て...
法に裁かれる罪、隠され裁かれない罪、そして日々の些細な罪、
誰の視点で見るかによって、何が正義で何が悪かの解釈も違って来るもので
それは法廷劇か?と思う程に、二転三転するどんでん返しもあり、
現実、裁判で違和感のある判決が下された人は山ほどおられ
「なるほど」と思った方が良いぐらいで。「そういう事か」と思った方が良いぐらいで。どれだけ冷静でいれるかです。
過去と現在が絡み合って二転三転する裁判とは、まるで、法廷劇か遊戯(ゲーム)かと思うぐらいに劇的であったり、振り回されていたり。
そう簡単に思うようにいくものではなく、戦えば勝つとか、正義が勝つと言うものでもなくて、
始めは私的裁判がテーマであっても、個人ではどうにもならない事は公的裁判に持ち込むのが普通であり、
「何故?」「どうして?」という事ではないと思うのです、私的に解決できるぐらいなら、そのような事はしないと言うのが答えであり、
「それしか方法はないでしょう。あたは逃げるでしよう。」が正しい答えだと思うのです。
全てが始まりの日から、計画的に進める人もいたり、図らずともに進んでいった人もいたり、しかし、始まりの日からそれぞれが裁判の日に向かっていく。
金銭や土地問題では、私欲の為に、他者の金銭や財産や土地を奪った人から、全額戻せた人は、まずおられませんよね
全額戻せる人なら、人から金銭は奪わないですし
人から金銭を奪うと言う事は、その人物の生活や人生を奪うと言う事です。それを私欲の為にする人です。
調停や裁判で、全額返金できると動いてみても、先ず、全額返る事は無いと思った方が賢明で、近年は、不本意なまま和解で終わるもの。
裁判官は結局は人であり、裁判官は確実に神では無く他人事です。むしろ、弁護士さんの方が良い意味で人であり天使です。
初めから「全額返るとは思っていない」が正しい始め方ですね。
「全額返す気がないのが前提で、そのような人は全額返す力がない、だから、なんとかして逃げるだろう」と確信をしているから裁判するわけです。
但し、運命からの裁きからは逃げれないもので、私欲の為に他者の金銭・財産・土地を奪う者、それに協力した者は、必ず、自身にも因果応報が返るもので、
そこは、運命の裁きを待てば良いと思うのです。運命の裁きからは逃げられません。
海の果ての果て。
ご自身だけが、そんな酷い目に遭っていると思わないで下さい。山程います。
占い海月:透視占い:霊感霊視:岡山