80代の女性
とても、80代には見えない、若い世代の方とも話しができて、若々しくて、若い頃はさぞがし綺麗だったにちがいないと思う女性の方で
その女性は、早くに結婚をされたのですが、まだ子供さんが小さい頃に、突然、ご主人を事故で亡くされて、そこから、女一人で一人息子を育てた方で、当時、専業主婦で何も取り柄がなくて、何か仕事をしなくてはと探していた時に、洋裁の仕事を勧められて、そこから、ずっと洋裁を仕事にされていたそうです。
特別、手先が器用だったとか、デザインのセンスがあったとか、洋服が好きだったとかじゃなくて、ただひたすら、生活の為だけに頑張っていたと言われていました。
当時は、その時代の背景も有ると思いますが、懸命になればなるほど思うようにいかない日々、やるせなさや憤りが反発心となり、見せしめのように自分自身を虐げてしまう時期があったそうです。
元々、大阪出身の方で、洋裁の職場は、同じ境遇の女性達ばかりが集まる職場だったそうで、いつも女性ばかりで食事をしたり、病気の心配や看病をしたり、物を交換したり、子供の洋服やおもちゃや本のお下がりを貰ったり上げたり、皆さん、生活が大変なのに、それを全て笑いに変えて頑張っていたそうです。
「そこは、まるでね、世界が違っててね、お笑いの女芸人の集まりみたいなものでしたよ」と言われてました。
その職場の女性の中には、男性に恋をして再婚で成功した女性もいれば、再婚に失敗をした女性もいて、その80代の女性は再婚の道を選択しなかったそうです。
綺麗ごとを言ったて、誰が助けてくれるわけでもなく、全てを失ってしまったら闇に堕ちてしまうような時代だったそうです。でも、闇を堕ちたら堕ちた分だけ哀しみが心に残るだけでしょう…と、だから頑張ったんですよと言われていました。
ご家庭のある男性に甘えたところで、幸せが来るわけじゃないから、洋裁だけで生計を立てておられたそうです
今の時代とは違う、その時代だからこそ、影は染み付くほどに色が濃く、理性と情念の苦境の中で、
夜は幾多の朝を迎えたものの、女性が社会で生きて行く、新しい時代の光は僅かなものだったのでしょうね、当時の男性社会の中で、母子で生きていく事の大変さは、今の時代以上の大変さが有ったと思います。
人生が長くなると深みも増しますね。時を刻むように深まっていきますね。
占い海月∶透視占い∶霊感霊視∶岡山。
